院長からのメッセージ
「鼻水がのどに落ちる」「のどに何か張りつく感じがする」「痰や咳払いが続く」「のどが痛い」。こうした症状の原因のひとつに、慢性上咽頭炎という病気があります。慢性上咽頭炎はさまざまな症状を引き起こしますが、診断が難しく、一般にはあまり知られていません。医療者の間でも十分に認知されていないことがあります。「上咽頭って、そもそもどこ?」そう思われる方も多いのではないでしょうか。このページでは、上咽頭の場所や役割、慢性上咽頭炎の症状や原因について、できるだけわかりやすくご説明します。後半では、Bスポット療法(EAT)と呼ばれる治療法や、日常生活でできるセルフケアについてもご紹介します。
Bスポット療法は1960年代に堀口申作先生、山崎春三先生らによって提唱された、長い歴史をもつ治療法です。近年では内視鏡を用いた治療も行われ、改めて注目を集めています。堀口先生の門下生である谷俊治先生より直接ご指導を受け、これまでに15万回以上の施術経験を積みました。伝統を継承しつつ、新しい知見を取り入れた治療を提供いたします。なお、当院でのEATは18歳以上を対象としています。また、妊娠中の方では塩化亜鉛を使用せず、擦過のみを行います。
基礎編 ― まず「上咽頭」を知りましょう
1.上咽頭はどこにあるの?
上咽頭は、ひとことで言えば「鼻とのどの境目」です。咽頭は上咽頭・中咽頭・下咽頭の3つに分かれ、上咽頭はその一番上、鼻の奥にあります。口を開けても見えない場所なので、詳しく調べるときには鼻から細い内視鏡を入れて観察します。上咽頭には、免疫に関係する咽頭扁桃(アデノイド)が存在し、呼吸するたびにウイルスや細菌、花粉、ほこりなどがここを通過します。つまり上咽頭は、空気の通り道であると同時に、体を守る「免疫の最前線」でもあるのです[1]。
2.上咽頭はどうやって体を守っているの?
上咽頭の表面には「線毛」と呼ばれる、とても細かな毛のような構造があります。線毛はベルトコンベアのように動き、粘液に付着したウイルスや細菌、花粉などをのどの方向へ運びます。これが、鼻やのどをきれいに保つ大切な仕組みです。さらに、線毛の直下には多くの免疫細胞が待機しています。つまり上咽頭では、「異物を外へ運ぶ働き」と「異物を見張る免疫の働き」が協力して、私たちの体を守っています。
3.慢性上咽頭炎では何が起こるの?
風邪などをきっかけに上咽頭が炎症を起こしても、通常はしだいに治まります。しかし一部では、さまざまな原因のため、慢性化へと移行します。
炎症が続くと、粘膜には赤みや腫れ、粘液の付着などがみられ、少しの刺激でも出血しやすくなることがあります[2-4]。慢性上咽頭炎は、単に「感染が残っている」状態ではありません。感染とそれに対する免疫反応が互いに影響し合い、炎症が長く続いていると考えられています。なお、その詳しい仕組みについては、まだ十分に解明されていない部分もあります。
治療編 ― 慢性的な炎症を整える
1.慢性上咽頭炎はどう治療するの?
治療では、上咽頭そのものの炎症を治療する、炎症を長引かせている原因を特定することの両方が大切です。上咽頭そのものへの代表的な治療が、EATとも呼ばれるBスポット療法です。一方、乾燥、風邪、鼻副鼻腔炎、アレルギー、血管運動性鼻炎、咽喉頭逆流などが関係している場合には、それぞれに対する治療や生活習慣の見直しも行います。慢性上咽頭炎だけに原因を求めるのではなく、鼻・副鼻腔・のどを全体として診る視点が重要です。
2.Bスポット療法とは?
塩化亜鉛溶液を浸した綿棒などを用いて、炎症を起こしている上咽頭粘膜を直接擦過します[4]。現在は、細い内視鏡で上咽頭を観察しながら行うE-EAT(内視鏡下上咽頭擦過療法)も行われています。当院でも内視鏡を活用し、「どこが赤く腫れているか」「粘液や後鼻漏が付着しているか」「どの部分の炎症が強いか」「擦過によって出血する部分があるか」などを確認しながら治療します。上咽頭をやみくもに擦過するのではなく、炎症の場所を見ながら治療できることが内視鏡を使う大きな利点です。
ポイントは、薬液を塗布するだけでなく、炎症を起こしている粘膜を適切に擦過することにあります。そのため、治療中に痛みを感じたり、出血がみられたりすることがあります。また、1回で終了する治療ではありません。症状や内視鏡所見を確認しながら、治療の間隔や回数を調整していきます。
3.Bスポット療法はなぜ効くの?
実は、どのように作用するのかは、まだすべてが解明されているわけではありません。現在は、主に次のような作用が組み合わさっていると考えられています[2,4-6]。
① 塩化亜鉛の作用
塩化亜鉛が炎症を起こした粘膜に直接作用し、炎症を抑えると考えられています。治療後に、炎症に関係する細胞や物質が減少したという報告もあります。
② 擦過による作用
ただ薬を塗るだけではなく、粘膜を擦過する(削る)治療です。繰り返し治療することで、炎症を起こした粘膜や免疫反応に変化が生じる可能性が報告されています。
③ 局所の血流への作用
炎症の強い粘膜は、擦過すると少量出血することがあります。これにより局所の血流や微小循環に変化が起こる可能性が考えられています。
④ 自律神経への刺激
上咽頭への刺激によって、自律神経の活動が変化することも報告されています。ただし、これが治療効果にどの程度関係するかは、まだ検証段階です。
4.Bスポット療法の効果はどう判断するの?
「症状」と「内視鏡所見」の両方で判断します。自覚症状がどの程度改善しているかを確認するとともに、内視鏡で上咽頭の赤み、腫れ、粘液の付着、擦過時の出血などを観察します。Bスポット療法は「○回受ければ終了」という治療ではありません。症状と上咽頭の状態を確認しながら、継続の必要性を判断します。また、上咽頭の炎症が改善しても症状が残る場合には、長引かせている原因が隠れていないか考えることも大切です。
5.セルフケアについて
鼻うがい
生理食塩水による鼻うがいは、鼻や上咽頭に付着した粘液、花粉、ほこりなどを洗い流してくれます。一般的には体温程度に温めた、0.9%生理食塩水を使用します。市販の専用洗浄液や器具を利用すると手軽で良いでしょう。自分で洗浄液を作る場合には、蒸留水・滅菌水、または一度沸騰させて冷ました水をお勧めします。
鼻呼吸を心がける
鼻呼吸には、吸い込んだ空気を加温・加湿する役目があります。口呼吸の習慣が続くと、のどが乾燥しやすくなります。鼻呼吸を心がけ、室内の乾燥を防ぐことも大切です。就寝時には口呼吸を防ぐ「口テープ」が役立つ場合もあります。ただし鼻閉が強い方や睡眠時無呼吸症候群が疑われる方は、自己判断で使用せず、医師にご相談ください。
鼻炎・副鼻腔炎、咽喉頭逆流への対応
アレルギー性鼻炎、血管運動性鼻炎、鼻副鼻腔炎があれば、そちらの対応も必要です。また、就寝中に胃酸などが逆流する咽喉頭逆流が上咽頭への刺激となっている可能性もあります。疑われる場合には、食生活や生活習慣も含めて対策を行います。
慢性上咽頭炎は、症状も原因も一人ひとり異なります。Bスポット療法だけでなく、鼻やのどの状態、生活習慣なども含めて総合的に診ていくことが大切です。つらい症状が続いている方に、このページが少しでも病気を理解するきっかけとなり、治療への一歩につながれば幸いです。
参考文献
[1] Hellings P, Jorissen M, Ceuppens JL. The Waldeyer's ring. Acta Otorhinolaryngol Belg.
2000;54:237-241.
[2] Nishi K, Yoshimoto S, Nishi S, et al. Int J Mol Sci. 2022;23:9205.
[3] Mogitate M. Cureus. 2023;15:e50288.
[4] 原渕保明.慢性上咽頭炎に対する上咽頭擦過療法.日本耳鼻咽喉科頭頸部外科学会会報.
2025;128:205-214.
[5] 伊藤宏文.上咽頭擦過療法(EAT)自律神経反射の心拍変動解析.自律神経.2022;59(3):320-326.
[6] Nishi K, Yoshimoto S, Tanaka T, et al. Sci Rep. 2025;15:8618.
